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プラトンの呪縛 (講談社学術文庫)
おすすめ度:
ランキング:127597
価格:¥ 1,155
発売日:2000-12
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商品の説明
???私たちは、過去の哲学をいつも正確に解釈しているわけではない。自分に都合のいい哲学を引っぱり出し、その解釈に何らかの恣意を働かせるのが常だ。かつて歴史の1ページに収められていた哲学が2000年の時を超えて突如よみがえったとき、そこにはどれほどの恣意が渦巻き、人間はどんな思想的危機に瀕していたのだろうか。『プラトンの呪縛』は、イデア説に代表される超越的秩序や新しい世界の「原理」による国家論を説いたプラトンが、「戦争と革命の20世紀」にいかに巻き込まれ、どんな解釈や批判、反批判が加えられていったかをたどることで、20世紀における哲学と政治思想の交錯のドラマに光を当てたものである。わかりやすく一言でまとめると、プラトンを軸にして20世紀という時代を振り返ろうとする試みであるといえよう。???構成は全3部。第1部は、ドイツにおけるプラトンの「政治化」の経緯、そしてプラトンがファシストとして解釈されていく思想的背景が描かれている。特に、反自由主義・民主主義のシンボルとしてナチズムに利用されるプラトン像が浮き彫りにされる。こうして全体主義へと振れるプラトン解釈に対しては、やはりその反動が起こる。第2部では、英米からその役割を担ったファイト、クロスマン、ポパーの代表的なプラトン批判論が取り上げられ、検証される。西欧には、プラトンを西欧思想の定立者であり精神的権威とする伝統が存在するが、それが容赦なしにおとしめられていく20世紀前半の険しい空気が読み取れるだろう。第3部では、世紀後半の思想界がこの論争を、そしてプラトンをどう位置づけたのかを、多元主義の観点などから論じている。
???最後に、著者はプラトンを「警告者」として現在によみがえらせようとする。そこでは、自由民主主義のなかで権利のみを求め、そこに甘んじて堕していく、私たちの危機的状況が見事にえぐり出されている。プラトンの「呪縛」が続いているかのように。(棚上 勉)
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ユーザーによるレビュー
思想の琴線
(2008-06-04)
序 「プラトンはファシストだった!?」
第1部 プラトンの政治的解釈(プラトンと社会改良主義;プラトン像の転換;「精神の国の王」;ナチス体制下でのプラトン)
第2部 プラトン批判の砲列(反近代的な反動的思想家;民主主義の恐るべき批判者;「閉じた社会」のイデオローグ)
第3部 プラトン論争の波紋―二十世紀後半の「哲学と政治」(近代思想の病理論;プラトンからアリストテレスへ;政治学の「科学化」と多元主義;警告者としてのプラトン)
プラトンと現代政治について語った本。なんど読み始めても最後まで行き着かない本。思想の琴線に触れるためであろうか。
プラトンの呪縛、あるいは、呪縛されたプラトン
(2008-04-18)
20世紀、それは数多の知識人が危機感を以って指摘したように、ひとつには「大衆の時代」
「ポピュリズムの時代」であり、ヒトラーやレーニンの台頭が象徴するように、ひとつには
抑圧的な全体主義、共産主義の時代であった。
ところで、古代ギリシアのプラトンはとりわけその著書『ポリテイア(国家)』において、
すべて知を愛でる者=哲学者が政治や国家を操縦すべきである、と主張していたことは周知の
通りである。
こうした彼の言説が、20世紀に際しては、ときにファシストとさえ名指しされ非難を浴びる
こととなった。
本書では、20世紀ドイツ政治思想を中心に、プラトンをめぐる議論を追う。
この本に登場する人物の主張の大半というのは、プラトンのテキストは古代アテナイの
コンテクストではいかに解釈されるべきか、を追求するわけでも、現代の文脈に置き換えた
ときプラトンはいったい何を言っただろうか、を論じるわけでもない。無論、およそ2500年の
時を隔てた彼と現代との間の思想史の変遷を丹念に跡づける、などというひどく厄介な作業に
取り組むような謙虚さ、勤勉さもない。
彼らにあるのはただひとつ、プラトンのテキストに仮託して、いったい自分が何を言いたい
のか、でしかない。そこに共通のプラトン解釈の根底があるわけでもない。各々が各々の
プラトン像、より正確に言えば己の言説に従って捻じ曲げたプラトン像を披露するに過ぎず、
この巨人をめぐる言説として種々の論客を並べてはいるが、そもそも噛み合うはずもない。
忠実なテキスト批判に基づくプラトン解釈ならば、彼らを同列に並べて、その違いを吟味
することもできようが、ただ単にプラトンの名に託けて自説を披瀝しているだけなのだから、
そもそもプラトンの名前の下にかき集めたところで、そこに何らかの意味が生じようはずも
ない。そのあたりの調整を筆者が図った形跡もない。
悲しいかな、ここで列挙された議論のほぼすべてが、プラトンなしでも成立する代物。
少なくとも私としては、とりあえずオピニオンを揃えてみました、という以上の印象を何ら
受け取ることが出来なかった。
はじめにプラトンありき、ではなく単に、はじめに結論ありき。
いかに解釈の政治性が古典の宿命であるとはいえ、「プラトンの呪縛」というよりは、己の
議論を恣意的に捻じ曲げられて、あまつさえ彼の影響を全体主義に見出されるに至っては、
ひどくかわいそうな「呪縛されたプラトン」と述べる他ない、というのが私の感想。
恐るべきプラトンの影響力
(2007-03-12)
政治思想の大家、佐々木毅先生の著作。内容、記述ともに難解だが、読んでよかったと思える一冊です。
近現代社会の様々な問題の根源、つながらないと思えることが実はつながっているという驚きは、満足と共に恐怖さえももたらします。
内容が難解すぎると思われた方は、同じく佐々木毅先生の「よみがえる古代思想」を読んで、基礎知識を得られてから読まれると、より理解しやすいかと思います。
虻の弟子は虻
(2004-08-30)
プラトンの哲学にちなんでいえば、「プラトン思想のイデア」とでもいうような、唯一不変の理念があるわけではない。
本書においても、たとえば『ポリテイア』で示された国家観をナショナリズムと結びつけた議論もあれば、
いっぽうで権力批判の原理を強調し、自由民主主義と共存しうる方向性を模索したものもみられるように、
論者ごとのじつに多様なプラトン像が紹介されている。
テクストの意味は、受け取る側の解釈によってさまざまに形を変える、問うものの数だけ答えはあるのだということを、改めて認識させられた。
本書本文の最後には、このことを踏まえた、根源的問いが提示されている。
「何のために?」
この問いは、問うものと答えるもの、いずれにも真理の自明視を許さない。
「自由・平等」という、現代社会では一見当たり前の価値でさえも、この問いを免れず、ときに批判の対象になりうるのだ。
虻に刺されてでも目を覚ましたい方は、ご一読を。
