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HOME > 和書 > 先生はえらい (ちくまプリマー新書)
先生はえらい (ちくまプリマー新書)
おすすめ度:
ランキング:4967
価格:¥ 798
発売日:2005-01
通常24時間以内に発送
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ユーザーによるレビュー
先生観が変わる
(2008-05-23)
この本を読んで、そうか先生ってのはエライんだなと気づいた。
視点が面白い!
だ・か・ら・先生はえらいんだよ!
(2008-03-31)
本のタイトルに噛み付いているレビュアーがいるが、ちゃんと読め、と思う。
この「先生はえらい」というわずか6文字のフレーズにどれだけの意図が凝縮されているか、その人はこの本買ったこと自体が間違いであり、その人にとってはこの本は「師」にならなかったということになる。
またちゃんと読まずとも、これぐらいの大風呂敷は本のタイトルとしてはふつうでしょ。
それとも彼らは斉藤環の『若者のすべて』にも、「それがすべてじゃない!」と噛み付いているのだろうか。
この本であつかうその先生とは教師ではなく「師」だ。
そして内田の述べるこの師/弟子という関係性は、精神分析の分析者/被分析者の関係性そのものなのである。先生はえらいから、答えのない問題にでもなんでの答えてくれる、「知っていると想定された他者」なのである。そしてその答えとは、万人に対してではなく、私ただ一人に対して、絶対的な何か(その何かは弟子本人には漠然としか定義できない何か)の別名である。
先生=師というのはもちろん人間ではあるが、それはつねに現前する莫大な知識のストックを意味するのではなく、二人の人間が無意識のうちに共犯的に作り上げた「師/弟子」という関係性の結果としてたち現れる、一種の幻影(対象A)であるということになる。
この難解な論理に、高校生のうちに遭遇するということは(私が読んだのは大学3年生のころだが)、ほかの参考書を読むより、はるかに高度な知的訓練になるのではないだろうか。
うらやましい。
「えらい」とは何かを様々な例を出し説明
(2007-10-23)
「尊敬する先生」「尊敬できない先生」。人それぞれ人生の師とする人は違っても、個々の判断において「えらい先生」を決めている。普段、そんなことは意識しませんけど、読んでいてなるほど、そうだなと思う。
本書は、「えらい」とは何かを様々な例を出し、話しを変え説明しようとする「えらい論」とも言えます。途中大きく寄り道もしますが、最後の20項では再度本論に戻るり、なるほどと感心させられた。
「先生がえらい」のではなく「えらいと思った人が先生」
(2007-08-04)
題名で興味をひきつけているが、一般的に題名から予想される内容とはまったく違う。
これは、「教員がいかにえらいか」を述べた本では決してない。
「先生」は「教員」とは別の意味で用いられている。
つまり、自分が「ついていきたい」と思った人が「先生」であり、それは必ずしも「教員」である必要がない。という主張だ。
したがって、「自分はいい先生にめぐりあえなかったから運が悪い」という主張もナンセンスだと斬る。
なぜなら「先生」はもともと自分で探して自分で見つけるべきものだからだ。
教室で待っていたら「私があなたの先生です」といってやってくるものではない。
むしろ教員の存在意義をも脅かす論考であるともいえる。
「先生が何かを教えてくれるはずだ」と受身になるのはやめて、自分から学ばなければ何も学べないという、至極全うな主張をされている。
文体が中学生向けでまどろっこしいが、大人でも考えさせられる「学習論」ではないかと思う。
先生はべつにえらくないんじゃない?
(2007-05-11)
今年の東大現代文の文章に近いと思って読んでみました。
まあ近い感じですね。
東大の方が、中世の「見習い」の関係が成り立たなくなった近代の教育事情の話。
本書が、学びの本質が教えられることにあるのではなくて、自分で学ぶことだということ。
そのために筆者は「先生はえらい」と思え、というけど、「先生がえらいと思うとメリットがある」のと「先生がえらい」のとは別でしょう。
しかも「学校現場の先生」に絞り込むような論理じゃないから、「周りの人を大切にしましょう」ぐらいの簡単なメッセージに落ち着きそうな内容。
まあ子どもが読むならいいかな。
